米国ALS協会季刊誌より
「ALS研究の現状」
橋本会長が本部管理のメーリングリスト「maee」に次の様に紹介されたものです。
大谷さんは2006年横浜で開催されるALS世界大会の準備委員としても活動しておられます。
ワシントン在住の協会ボランティア大谷さんより、メールをいただきました。
希望を持って,ご一読下さいませ。
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米国ALS協会季刊誌「A
reason for
HOPE」(希望がある理由) 2004年春号 に掲
載されている表題の対談記事を翻訳しました。 もうご存知のことばかりかもしれま
せんが、遺伝子治療や現在までの研究経緯を素人にわかり易くお話なさっていらっ
しゃいます。、ALSに関係して日の浅い方々に広くお読み頂けたらと希っております
ので、ご配慮下されば、とても嬉しいです。
大谷かず代
『ALS研究の現状』:米国ALS協会科学部長との会話
ルーシー・ブライン博士は2001年に協会に参画されました。 科学部長件研究副
会長の立場からALSの謎を解くべく多様性に富んだ数々の米国ALS協会の研究プログラ
ムの指揮をとっていらっしゃいます。 薬学で学士号、神経科学で修士号、、生化
学の博士号を取得されています。 ALSの実験マウスの一つはブラウン博士が開発
し、特性づけをなさったものです。 本日は博士にALS研究の現状と展望についてお
話頂きました。
HOPE:現段階でのALS研究に期待感をお持ちのようですが、それは何故ですか?
ブライン:この十年でALS研究には劇的変化が見られました。 まず、本研究に参画
する研究者数が増大しました。 異なった分野の専門家たちが関心を持つことにな
り、それにより、多方面に渡っての問題に対応できるようになったことが一つです。
テクノロジーが成熟したことも手伝い、この病気についての知識、情報が拡大され
ました。 最重要なことは動物モデルが可能になり、この病気の研究が容易になって
きたことです。 現在の環境下で、研究者たちの共同作業が拡大され、研究プロジェ
クトには多数の機関、組織が参画するようになりました。 更に、多数のALS組織間
でも有効な共同研究作業が行われるようになりました。 このような共同協力研究の
精神が研究に与えている影響は大きいと思います。
HOPE:米国ALS協会の研究対象範囲とそのアプローチの仕方について科学的見解から
御説明下さい。
ブライン:米国ALS協会は現在のALSの課題を広範囲に網羅する研究費を捻出していま
す。 私どもの研究の対象となる範囲は多数の異なるアイデアとアプローチに光を当
てるようにしています。 研究企画書の提出を研究者たちに呼び掛けていますし、私
どもがこんなアプローチ、アイデアに光りを当てたいと考えるものがあれば、その企
画に対して研究者たちを積極的に捜し、リクルートします。 すべてのプロジェクト
は研究者たち即ち専門家仲間の評価対象となります。 新しい仲間作りも積極にし
て、研究仲間として招き入れます。更に研究者たちと新たなプログラムを開発しま
す。 ALSとは研究者の無限の活躍の場だと考えています。 当初は見通しも悪く、
無駄になりそうに思えたような研究で資金も限界あるようなものが見事に開花発展し
て、本格的研究プログラムになれるのも、出発時点での後押しが良い場合です。 研
究費が付く研究プログラムの他には、ワークショップを開催し、研究者間のアイデア
交換の場を創出しています。 私どものアプローチは解放され、協力体制で、斬新な
ものです。 米国ALS協会の信念は治療、治癒の達成には多様な研究プログラムが必
要であるということです。
HOPE:先生がALSに興味をお持ちになった経緯はどのようなものでしたか?
ブライン:大学では薬理学を修めました。 大学院ではアルツハイマー病を研究課題
をしました。 常に私が関心があったのは、病気の経路を理解し、その上で薬理治療
の方法を確立することでした。 その結果として、科学者としての道を歩むと同時に
偶然にもALS分野へ導かれてきたわけです。 イギリスで大学院を卒業した後にアメ
リカに参りました。 当時ALS用のSOD1(スーパーマウス)が開発中でした。 その
意味でも新発見、新方向が溢れてくるような時代で、ALS研究に参画するにはわくわ
くするものがありました。 それで博士号取得後も大学院に残り研究を重ねた後に、
製薬会社に就職しました。 基礎科学から実際の薬理療法への移行の研究に興味が
あったからです。 そこでは小さなチームの長となって、化合物を試験するために
数々の疾患モデルを開発しました。 ですから米国ALS協会科学部長にならないかと
依頼を受けたことは自分がそれまでにしてきた実験室での基礎研究と薬理療法チーム
を担当してきた二つの過去の当然の帰結のように思えました。 そのような研究者と
しての情熱をかき立てられるような意味ある仕事に飛びつきましたし、以来ずっと非
常にやり甲斐のある仕事として今日に至っています。
HOPE:この十年間のALS研究についてお話下さい。
ブライン:いろいろな意味で、1869年にALSが発見されてからのどの時期よりも
この十年間は大きな進歩があったように思います。 SOD1(スーパーマウス)の遺
伝子内での変異の発見とALSの動物モデルの開発以前には病気についてのいろいろな
理論を検証することが困難でした。 以前は殆どの研究者たちが単に一つの細胞、即
ち運動ニューロンですが、これだけにしか注目していませんでした。 他にも多くの
周辺細胞、例えば神経膠星状細胞やミクログリア(小神経膠細胞)などが反応し、発
病には不可欠になっているのです。
現在はマウスのモデルを使ってヒトのALSを模倣できるようになりましたので、発症
前段階では何が起こっているのかも考慮できるようになりました。
医者がALS患者を診察する時点では既に発病後ですから、発症前段階でこの病気がど
のように発症に至るのかを知ることができません。 今は動物モデルがあるので、時
間の経過の中でその研究が可能です。 ですから、この病気についての知識、理解は
驚異的に増加しました。 ALS用モデルを使って化合物を試験ができるようになり、
また知識と理解の増加のお陰で10年前と比べると相当数の臨床実験が展開されてい
ます。 その環境下では嘗てない程の多数の研究者と学術機関がこの病気を研究対象
にするようになったのです。
HOPE: 多くの患者、家族が「いつ治癒方法が確立するのか?」と迫りますがそれに
はどのようにお答えになりますか?
ブルイン:期限を言える段階ではありません。 わかりませんし、期限をつけてそれ
に添えられないと思うからです。 ALSはとても複雑で難しい病気であることを念頭
に入れておかなくてはなりません。 脳細胞がどのように作用し、有機体内でのネッ
トワークがどのように形成されているのかについては飛躍的な知識と理解を得ていま
す。 しかし、ALSは異なった細胞が複雑にネットワークされており、これらの細
胞全部が非常に凝って配線された結果として筋萎縮の原因となります。 バクテリア
退治の為に抗生物質を投薬すればよい、というような発想のものではありません。
複数の病因がありそうです。 目覚ましい進歩を遂げ、化合物の試験も可能になりま
した。 しかし、まず一つの実験をして、その結果を待ってから次ぎの実験をして、
という研究の仕方をしていません。 複数のアプローチが平行して進行しています。
ですから、期限をつけての研究をしていません。 二年前、幹細胞が臨床実験にそ
の年には使えると期待していましたが、そういうことにはなりませんでした。 直線
上での進行ではないのです。 しかし、世界中で研究が展開されています。
HOPE:この十年間で最も重要なALSに関しての発見は何でしょうか?
ブルイン:まず、最重要な突破口となったのはSOD1(スーパーマウス)の遺伝子の変異
を発見したことです。 これによって20%を占める遺伝性ALSの説明ができるよう
になりました。 更にこれによってヒトのALSを動物モデルで実現できるようにな
り、この病気がどのように作業するのかの研究の糸口となりました。 当初はALSの
謎はすぐに解けるように思えましたが、越えなくてはならない壁にぶつ当りました。
この遺伝子がどのように機能するの知識を得ていても、変異は起こるのは毒性取得
によるものであることまでしか解明できていません。 病因は遺伝子が正常機能を喪
失するからではなく、ある機能を取得するからであることまでは解明しています。
二番目に重要な発見はALSには複数の細胞の種類が関与している事実を突き止めたこ
とです。 運動ニューロンだけでなく、周辺のニューロンも関与しています。 この
発見によって重要ターゲットとして筋そのものももっと注意深く観察する必要を知り
ました。
ですから、この病気を広義な状況下で研究するようになりました。 第三の発見は病
気の原因或いは起因するものは複数あるらしいということです。 それに加えて、遺
伝子と環境の要素が相互作用しているらしいことは濃厚です。
HOPE: 心踊らされ、見込み大の研究はどの辺にありますか?
ブルイン:未知のことが多く、回答が薮の中から現れることも可能です。米国ALS協
会の研究プログラムが目指しているのは、病気のいろいろな諸相の研究を助成するこ
とです。 この病気の遺伝的構成をより深く理解すれば多くのヒントを得られると
思っています。 パズルを埋め始めたにすぎません。 SOD1(スーパーマウス)の遺伝
子変異を発見したことで20%を占める遺伝性ALSの説明がついたにすぎず、ALSに関
しては80%はまだ未知の状態です。 もし、もっと多くの変異種を発見できれば、
それら全部を経路に搭載して病気がどのように作業するのかの理解を得られるように
なります。 そしてそのような変異種のどれか一つでもが新薬ターゲットをもたらし
てくれるでしょう。 療法確立への様々なアプローチは絶えません。 我々の野望は
アスピリンのような薬の実現です。 一錠服用すれば症状改善となるようなもので
す。 しかし、現実には我々はそんな想定してこだわっていては駄目で白紙の気持ち
でいなくてはなりません。 現在、米国食品薬品行政局が認可している薬はリルゾー
ル(リルテック)しかありません。 幹細胞生物学は頼もしい分野だと思います。
幹細胞研究は異なる治療手段と見なすことができます。 病んだ細胞を健康なものと
差し替えるのに利用できますし、或いは治療用化合物を幹細胞に乗せて病んだ細胞ま
で運搬する手段にもなるでしょう。 これらの幹細胞は罹患部分に移住して「ミニ・
ポンプ」的に投薬の役割を果すわけです。 このやり方ですと多くの場合に命中には
しない的の細胞に届くことができるというわけです。 遺伝子治療もまた活発になっ
ており、成熟しつつある分野です。本質的に遺伝子治療というのはどんな場合でも困
難な山ばかりです。 遺伝子をウィルス・ベクトル(媒介体)で運搬するわけですか
ら、ウィルス自体は感染力を失ったものです。 しかし、明白なことですが、ALSに
限らずどんな分野でもウィルス・ベクトル(媒介体)を操作することには懸念が付き
まといます。 現在、他の疾患ではウィルス・ベクトル(媒介体)を使っての臨床実
験が行われており、ALSでも企画の段階のものが一つにあります。 遺伝子治療が重
要な理由は生育要素を包含する薬物を瀕死の細胞部分に配給する手段だからです。
この生育要素は錠剤の形態では投薬できないのです。 ALSでもGDNF や
BDNFといっ
た生育要素を使っての臨床実験がありましたが失敗しています。 多くの研究者の
見解ではこれらの生育要素は的となる部分に的中しない為だろうということです。
遺伝子治療を使えば、より効率的に的中でき、罹患部分に必要な物質を運搬できるわ
けです。
もう一つの頼もしい発展は薬品選別や力価検定方法の開発に参加する学術機関の数が
増加していることです。 成功の鍵は最高の力価検定体系を開発することです。
基本的にはこの病気の諸相の一つを模倣したシャーレ上のALSのモデルの開発のこと
です。 そうすれば、病気のメカニズムのモジュール化の方法を試験する為に化合物
を使うことができるようになるからです。 そのような力価検定体系があれば、短期
間に沢山の異なった薬の研究ができるようになります。 これらの薬は動物実験で使
い、どの化合物が臨床実験への見込みがあるかを検定することができるようになりま
す。
HOPE: 現段階は臨床実験の段階、そしてALS治療薬の発見に近づいていると言えます
か?
ブルイン:臨床実験の数は増加しています。 しかし、飛躍的効果のある薬発見の段
階にいるかとなると、まだまだ立ちはだかっているものが沢山あります。
患者一人一人が同じ病状を呈しません。 発病の時期も進行速度もマチマチです。
生存期間も千差万別です。 大事なことはより多くの薬を臨床に持ち込めるように
なったことです。 これは10年、15年かけて病気のメカニズムに的を絞って手堅
く研究してきたので異なったメカニズムを試験できるまでになった成果です。
更に、ALSでも試験できるようにな他の神経退行疾患研究の方で開発された化合物も
複数あります。 臨床実験の向上改善に大事な方法は良質の診断用バイオ・マーカー
を判別することだと思います。
HOPE: 環境はALSにどんな影響があるのでしょうか?
ブルイン:環境が果している役割はありそうです。 しかし、私の見解では、環境要
因と個人個人の遺伝子構成が相互作用して発病すると思います。 何故なら、(同じ
環境に晒されても)発病する人としない人がいるからです。 どんな遺伝子と環境要
因が関与しているのかを正確に指摘することはできませんが、この点に関しての研究
は近年より注目されています。
HOPE: 米国ALS協会の研究は現役患者の人たちに実際的な価値がありますか?
ブルイン: 絶対にあります。 米国ALS協会の研究プログラムはALSの全諸相を網羅
しています。 我々が基礎研究を助成しているのは細胞レベルでの知識、理解を通じ
て療法を臨床に持ち込めるからです。 同時にALSのモデル体系を開発し、病状の潜
在的な呈し方についての既知の情報を使って療法を試験しています。 米国ALS協会
は現役患者に影響できるようなプロジェクトを展開しながら同時にそれが将来へのパ
イプラインを満たすような多様な研究範囲を助成しています。
完